『歌舞伎町バッドトリップ』感想 BDSM入門BL

 

『歌舞伎町バッドトリップ』汀えいじ,2020,リブレ.

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あらすじ

  • 受け……美山 徹
    心が読める能力と端正な顔立ちが武器の、歌舞伎町ナンバーワンホスト。他人の心が読めることは周囲に隠している。実はもう1つ、メンズモデル・陽川泉輝の熱狂的ファンという秘密を持っている。源氏名を「みずき」にするくらいファン。
  • 攻め……陽川泉輝
    人気沸騰中のメンズモデル。ある日偶然にコンビニで出会った徹に好意的な笑顔を見せるが、心の中では徹を縛って、ぶって、弄ぶことを想像していて!? 

  •  要素……BDSM/ホスト/芸能界


感想・レビュー(ネタバレ注意です)

 SM、と聞くと、一方的な陵辱や身体的な暴力を想像しがちです。「攻めに無理やりレイプされているのに、身体が快楽に抗えない受け」という展開はBLを読んでいれば一度は目にしたことがあるでしょう。そうした過激な構図はしばしば作品の中で、ドSであるとかドMであるとか、あたかもそれがキャラクターの本質であるかのように、または性的暴力が快楽として描かれ、もしくはSMプレイ自体がエログロやポルノ、歪んだ変態性癖として認識されてきてしまった部分があることは、BLにも同じことが言えると思います。

 そうした日本のBLの文脈の中で「合意」の上での「ロールプレイ」というBDSMの概念を調べた上で描かれた漫画だと思います。

 
 相手の心が読める徹は、泉輝が自分に対して加虐的で支配的な欲望を抱いていることに気付きながらも「性癖以外は完璧な理想の人だから」と泉輝の健気さや優しさにどんどん惹かれていきます。
 初めは荒くて過激で衝動的なセックスをする泉輝に対して、徹は、監禁や暴力を受けることを予想して関係の破綻まで考えます。しかし、泉輝はあくまで歪んだ欲望を自分の中に留め、相手を気遣い、絶対に現実では行動に起こそうとしません。

 そんなある日、徹はホストクラブのお客さんがきっかけでSMクラブを見学することになります。


このお客というのが、

「SMは痛いのが全てじゃないってば!」

「肉体と精神の主導権を信頼できる人に渡して、支配者と被支配者の気持ちを…」

「SMは変態じゃなくて高度の精神的交感で…」

 などなど解説的なセリフが入っていて、作家さんのこだわりが見える気がしました。(個人的にはゾーニングされていれば変態が変態なことは否定しなくてもいいと思うし、ただ外側から何も知らない人に変態犯罪者のレッテルを貼られるのにはノーと言っていいと思うし、免罪符として精神的交感みたいなスピリチュアルに行くのなんでなんだろうと思うんですが)


 で、見学先のクラブでまさかの泉輝さんと鉢合わせ!? というお約束な展開。このシーンの2人の微妙な表情がかわいかったです。

 
 徹を加虐して支配したい。でも、徹のことを何があっても離したくない。だったら、自分の満足のいくセックスが一生できなくてもいい。泉輝は自分の性癖について静かに語り始めます。

「始めたら取り返しがつかないはずです。そうなるなら最初から始めたくない」

 対して、徹は「心が読める」がゆえの悪癖を後悔します。

「考えが読めるからと言ってその人のすべてがわかるわけではない」

 自分の能力についてもすべてうちあけ、泉輝の性癖を初めから知っていた上で付き合っていたことも明かすのですが……。

 
 泉輝が「ドミナントとしての自分」を好きな相手の前でカミングアウトすることはとても勇気のいる行動だったはずです。それを「心が読める能力」で解決されてしまうのがすこし残念な気もしました。能力がなくても泉輝の性癖を知り向き合う方法はあったと思うのです。もちろん、初見の読者にとっつきにくいBDSMの世界に入り込みやすくするために「能力」の設定を付与したのであって、この工夫はきっと作家さん苦心したんではないかな……。
 とゆうのも、2人のはじめてのプレイが目隠しなんですよね。目隠しされることによって、徹は「心を読む能力」を封印されてしまう。不安の中、喋ることも禁止されキスもお預けのまま1時間の放置プレイ……。

(私だったら途中で寝ちゃうよと思ったけど、2人の今後がかかってる重要なプレイですから、徹は真剣に耐えてます)

 
「よく我慢した 本当にありがとう」

 このシーンで私はこの漫画を読んでよかった~と心から!思いました。

 しかも泉輝は縛られ床に転がされて必死に我慢している徹をおんなじ部屋で1時間ずっと見守ってて……徹だけじゃなく泉輝も、ドミナントの自分を受け入れてもらえるか、徹に拒否されてしまわないか、徹に無理な負担をかけてないか不安に苛まれていたんですね。

 お互いがお互いに安堵してるのがよかったです。

 
 ホストの仕事柄、恋愛営業をしなければならない徹に泉輝はある「お願い」をします。首輪をつけるのです。ここからBDSM入門編が第二章に入ります。2人のパートナーとしての信頼関係がテーマになっていきます。穏やかで冷静な態度を身につけた泉輝の内面の掘り下げがあったり、最後は徹がもうかんぺきに開発されてしまったり……


 ただ、ホストクラブの男性客による強姦未遂事件は私にとっては蛇足でした。パートナー同士の合意と尊重と拒否権のあるロールプレイとしてのBDSMの健全さを強調するために「強姦未遂」が描かれるのはどうなのだろうと思いました。愛のあるセックスの証明のために、犯罪行為で傷つく描写が本当に必要なのか? 


 作品の話とは少しずれますが、

 BDSMの物語が描かれるとき、犯罪行為か、"ノーマルな"セックスか、それらのどちらかとの対比でしか説明されなかったり、ラブロマンス作品が描かれるとき、性暴力がきっかけで愛が深まったり(ex:お清めセックス)、そもそも愛の証明なんていらないし不可能にもかかわらず、(異性愛以外の)関係には証明が求められるのにも、もううんざりだよ〜。次のステージに早く行きたいです。

 
 漫画の話に戻って、

 画面の構成については、場面転換がわかりにくかったです。回想と現実、場所から場所への移動など……あと飲み会で上司のアルハラでわ? というコマがあったのですがさらっと流されていたので、同意や尊重を大事にするBDSMを取り扱う意識があるならばハラスメントも同様に「あってはならない犯罪行為」として描いてほしかったです。


 次にもし作家さんがBDSMのBLを描いてくれるなら、心が読めない状態だったなら、どういうふうに2人の関係の築き方を表現したのか見てみたいです。それか攻めにもつよつよの能力をつけてSFBDSMBL(なんのこっちゃ)で勝負だ! BDSM描いてるBL漫画家は商業の市場にそんなに多くない印象なので、今作でファンもついたと思うし……次回作はさらにパワーアップでガッツリした作品を期待します!

 BDSMのBLが好きなら読んで損はない作品だと思いますよ!BDSM気になってる~という人が読んでも入門的に雰囲気がわかるんじゃないかなと思います。

 

※BDSMと書いてはいますが、リアルな実践というより、BL表象の中で描かれるシチュエーションや関係性としてのBDSMを指しています。恋愛の物語が好きだからといって恋愛したいとは限らないのと同じです。