マッチングアプリの話②

 BDSMコミュニティでは、「性愛」「性癖」から相手を知っていくことが多かった。そして地方のユーザーは、マッチしてもたいていが遠距離だ。

 夜、寝る前に電話を繋げながら、やってみたいプレイや使ってみたい道具について話していると、なぜか相手がオナニーを始める。

 わたしは相手を叱りつけて(なぜなら「S女」なので)とりあえず射精管理を命令し(なぜなら「S女」なので)情けなく媚びる声を聞き爆笑し、(なぜなら「S女」なので)変態ポーズで自撮りを送らせて、達成感を覚えた(なぜなら「S女」なので)

 S女という役割のロールプレイは楽しかったが、なぜどこの馬の骨ともしれないどうでもいい男の性欲に付き合っているのかと考えると、これが異常な状態だという感覚は拭えなかった。わたしの欲望はどこにあるのか、さっぱりわからなくなっていく。

 

 使うアプリを変えても同じことだった。やりもくが多いので、そういう話になるとなぜかオナ電を聞かされる流れになる。そのうち、やりもくとそうでないアカウントを自然と見分けられるようになる。通話をして会おうと言われれば、毎週末、メイクをして出かけた。知らない男と会いまくるという、不健康な週末を何ヶ月も続けた。

 深夜に相手の車に乗り込み、食事へ出かけた。夜の街を散歩し、おしゃれなカフェでコーヒーを飲んだ。助手席に乗せて夜景の有名な場所に連れて行ってあげたときもあればホテルで自慰を手伝ったり、家に泊まって性行為をしながら一晩を過ごしたりもした。もう覚えていないけれど、30人以上と会ったと思う。

 

 男性の体を見るたびに、苦しくて羨ましくて泣きそうになった。男になりたいとは全く思わない。なのに、わたしに胸がなければ、声が低ければ、脂肪の薄い筋肉があれば。どちらにも振り分けられない身体があれば。そう思うと、目の前の身体を壊したくて、だからわたしはBDSMにおいて、S女を演じたのだと思う。

 同時に、なぜただの人間を目の前にして性的興奮することができ、またそれによってわたしも性的に興奮して気持ちよくなっていると誤解できるのか、さっぱり理解できずだめだった。

 

 ほとんどどの人も1回限りで、2回目に会おうという気力が湧かなかった。スワイプしてマッチした瞬間が最高で、後は下降そのものだ。会う前はすこしわくわく好奇心が湧くのに、会えば失望感でいっぱいになる。興味を惹かないのだ。

 

 それでもいろんな人と話した。愛が何か、誰とでもセックスするのは悪いのか、結婚は何のためにするのか、恋人の意味は、恋愛と友情の違いは? ジェンダーについて、性の規範について。

 わたしがわかったことは、わたしはひとりが楽しいということと、シス男性に恋愛感情がもてないということ、シスヘテロの男性を人生のパートナーに選ぶことは一生ないだろう、ということだった。

 初めからわかっていたことだった。異性愛を試してみても、結果、もう知っていたことを改めて知らされただけだった。

 

 試してみなかったら一生何らかの不安と後悔を抱えていただろう。わたしはわたしの、この狂った一時期のガッツを褒めたい。