『小林先輩は女の子でシたい』感想 女体化してない女体化BL

 

うり,2021,『小林先輩は女の子でシたい』,海王社.

www.gushnet.jp

 

 SNSでもかなりバズっていた漫画です。

 実は私はうり先生のファンで同人時代から追いかけているので感無量というか、やっぱり有名になっちゃったな~ッ、そりゃこんな大天才をBL界が放っておくはずはないもんな……!!!(古参アピールだ~ッ)これからも応援します!!!

 といいつつも、うり先生の商業作品はデビュー作の『悪魔はファンシーアレルギー』と同時収録の「デイドリーム・ララバイ」しかまだ読めていません。『悪魔はファンシーアレルギー』はバイコーンの受け・ルイの登場シーンと、初デート回の遊園地(特に観覧車!)の描き込みが素晴らしくて……! レトロな絵柄も魅力的でギャグも笑えてエロもエロくて最後はしっかりBLになるし、全ページに付箋を貼りたくなるくらい漫画が面白いし上手いんですよね……読んでてストレスのない構図やコマ割りもそうですし、フォントの使い方と効果音にかなりこだわりを感じます。

 

あらすじ

 イケメンバーテンダー(←自称)の小林文博は、朝起きたら何故か女の体になっていた…! 状況はサッパリ飲み込めないが、とりあえずおめかしして、バイト先の後輩・高津の元へ向かう。目的はただひとつ――女の体で抱かれるため…!!!!! しかし高津の衝撃告白により想定外の問題発生…!!?

 

 

感想・レビュー(ネタバレ注意です)

 

 女体化!? と敬遠されるかもしれないのですが、厳密には女体化BLではありません。

 催眠によって、小林が自分の身体が女性になっていると思い込んでいる状態(もしくは、小林先輩が女性に見えてしまう状態)です。漫画の画面上で女体化してはいるんですが、あくまでそれはキャラクターにかけられた催眠による洗脳が見せるイメージであって、実際は男性の身体のまま……という、説明しててもなんのこっちゃらとこんがらがりますが、そのカオスが漫画でスムーズに表現されているのですごいです。

 みずから催眠にかかりにいく小林の中で、女性の身体の自分/男性の身体の自分があいまいになっていくという展開は、『デイドリーム・ララバイ』にも似ているかもしれません。『デイドリーム・ララバイ』では、「妄想癖のある攻めが受けとのセックスを妄想しすぎて夢か現実かわからなくなってしまう」という設定が活かされていました。コマ割りや台詞をうまく利用して、妄想によって境が曖昧になる夢/現実をうまくスイッチさせていて、すげ~!おもしれ~!となったのを覚えています。しかし、「セックスしていても夢か現実かわからない」「本当の自分と相手がわからなくなってしまう」というホラー要素のために「曖昧さ」が必要だった『デイドリーム・ララバイ』に対して、『小林先輩は女の子でシたい』はむしろスイッチのメリハリが意識される作品だったのではないでしょうか。

 

女体化してない女体化BL

 (催眠によって)女体化した(してないんですが)小林は、「女の方が男より10倍気持ちいいらしい」「膣イキ連続アクメを体験したい」という動機で、職場の後輩・高津のもとへ飛び込みます。しかも「後腐れなさそう」という理由で(最低だよ……)

 「女の身体」をもって肉体関係を迫るも(いや男の身体のままなんですが)、しかし高津は「ごめん 俺ゲイや」とすげなく断ります。「もし男に戻ったら抱きますよ」と譲歩(?)する高津に、「俺は女の子が好きやから」と小林は断りますが「前立腺でイくのは射精の100倍気持ちいいらしい」と言われて揺らぎます。女体をめぐるセックスファンタジーを、BLというセックスファンタジーの世界にカジュアルに持ち込んで、ドーンとぶつけたかんじですね。

 ここで小林は「おんなじことなんやろか? いやでも女で抱かれんのと男で抱かれんのではやっぱ違う気が…」と悩みつつ、高津に男の身体で抱かれることを「予約」します。

 このあとあっさり催眠術はとけるのですが、小林は高津を意識し始めます。ヘテロ男性向けのアダルトビデオを鑑賞し、性的な反応を確認して「やっぱり女の子が好き」であることを確認します。にもかかわらず、今度は自分から頼み込んで催眠をかけてもらい、女体化します(実際はしてないのですが)

 そして高津と念願の女体化セックスをするのですが、実際に女性になっているわけではないのに、想像で女性としての感覚を得ることに成功して小林は大喜びです。なんだか高津のことがかっこよく見えてしまう小林は「女目線になっとるからかわからんけど」と処理してしまうのですが、女性だからといって親しい男性すべてがかっこよく見えるわけもなく、小林自身が高津をかっこいいと感じているからこそ、「フツーにかっこええし」「声もええんよな」と思うのでしょう。

 対して高津が「女の子みたいな声だすんですね」と指摘する通り、女体化している小林は、仕草や振る舞いも女性化します。小林の中では、女体化と同時に、女性ジェンダー化が起こっているのです。しかし、実際の小林の身体は男性のままです。男性の身体のまま、女性として振舞う構図になっていて、意識的かはわかりませんがセックスとジェンダーが切り分けられた漫画とも言えるのかもしれません。女性の身体を持っているからといって女性らしい服装を好んだり、女性らしい振る舞いをしたりするわけではありません。「女の子みたいな声」や「女の子みたいな仕草」は、あくまで小林の持つ女性イメージであり、あるいは社会の中で小林が「男性とはこういうものだ」「女性とはこういうものだ」と植え付けられてきたジェンダー二元論的な価値観を男の身体のまま、(催眠で一時的に「女体化」することによって)体現したものでしょう。

 催眠状態での女体化セックスを繰り返すうち、小林は「心まで女の子になってしまうのではないか」と悩み、男の心を取り戻そうとします。具体的には合コンに参加して女性の恋人探しをするのですが、「女体化した自分の方がかわいい」といまいち楽しめないままお開きとなります。ある意味、女体化した小林は「俺の考える最強にカワイイ女の子」という理想像なのかもしれません。そのことは、男性として初めてセックスするとき、高津が小林に言う「いつものAVみたいで演技くさいのより断然いい」という台詞にもあらわれていると思います。おっぱいも大きくて顔もかわいくてAVみたいに喘いで気持ちよくなれる「女性」なんてこの世界のどこにもいなかったということなのかもしれません。ちなみに、この男性でのセックスのときも小林は女体化時と同じく高津の声に反応しており、うり先生の伏線回収さすがやな……と思わず関西人じゃなくても関西弁になってしまいます。

 「女性の身体」は、男性によってまなざされ消費されてきましたし、それは今でもそうです。この作品は、「女性の身体」に向けられる性的ファンタジーや暴力を強く否定しているわけではありませんし、むしろギャグテイストで「膣イキ連続アクメ」とか言っています。一方で「女性の身体へのまなざし」を「女体化してない女体化」によってBLに利用したというねじれがあると思います(女体化BL全般に言えることかもしれませんが)しかも女体化した小林先輩めちゃかわいいしエロいし……BL消費しながら女体を消費してる自分がいる。女体化して女の体を使うのはなんでなんだろう。こういうねじれがあちこちにあるから、私はBLを読むのがやめられないです。普段の私は女体化BLあんまり読まないんですが……

 

 

「女の身体で抱かれたい」から「女扱いされたい」へ

 「女の身体で抱かれたい」と言いまくっていた小林ですが(ここだけ書くと小林がめっちゃ無責任に思えますね)(実際そうなんですが)高津と付き合い始めると、今度は「女として扱われたい」と言い出します(ウ~ン……)だんだん小林の本当の欲望が明らかになっていくかんじですね。

 今度は高津に「小林のことが女の子に見える催眠」をかけます。「女子はなー デートは強気でリードされたいもんやねん」と持論を展開しますが、ゲイの高津は女の子の小林に距離を取ります。思っていたような彼女扱いをしてもらえず、小林はごねます。「女として扱われたい」とは、どういうことなんでしょうか。

 小林は「女性になりたい」わけではありません。「強気でリードされたいて言うてたやん」「それは女の時だけでええねん」「男だと恥ずかしいんや」「当たり前やろ」「かわええなあ」という会話から、小林が「女として扱われたい」のではなく、「高津に強引にリードしてもらいたい」「甘やかしてもらいたい」のだということがわかります。どうして小林は、強引にリードされると恥ずかしいのでしょうか?どうして、女では恥ずかしくなかったことが、男になると恥ずかしくなってしまうのでしょうか。「男で抱かれるのも女で抱かれるのもおんなじことなんやろか?」と悩んでましたが、小林にとってはあまり同じではなかったみたいですね。おそらく高津にとってもそうでしょう。

 こういうジェンダーロールに縛られた小林というキャラクターが(小林はめちゃくちゃ強固なジェンダー規範意識を持っているわけではなく一般的な方でしょうけれど、でもだからこそという面があると思います)「催眠による女体化」という境界を何度もくぐることで、自分の現実のジェンダーセクシュアリティを問い直しながら広げていく様子は、「自分の性癖がよおわからんくなってきたわ」という台詞にも表れていると思います。小林も高津も「強引にリードしてもらいたい」という欲望を「M」という性癖として捉えているのですが、ジェンダー・バイナリを問いかけ、「男らしさ」の境界が攪乱されていく過程とともに、BLの成立があるのではないかというふうにも思います。

 ファンとしての色眼鏡もありますがめちゃくちゃうまいバランス感覚で描かれた作品だと思っていて、たとえば女体化した小林が襲い受けではなくひたすら受動的な役割を与えられていたり、高津が男として小林に「女の悦び」を教え込んだりしていたらかなりアウトだったと思います。「ほんとうに女になりたいわけではないが、女性として扱われたい」という願望も、現実のまだまだ男性中心主義な社会において性差別が起こっていることや「レディファーストや女性専用車両があって女はいろいろ得してていいよな」みたいな乱暴な意見や、「本当の女性の安全を侵そうとしているので危険」みたいなトランス排除があることを考えるとかなりヒヤヒヤするところもありました。でもそういうギリギリのところでエンタメ作品として成立しているのは、関西弁とか、漫画のセンスとか、BLとしての面白さがちゃんとあるところとか……筆力のなせる技なのではないでしょうか。

 ほんとに「ここは女体化の小林を描いて、こっちのコマは男の小林を描こう」とかどうやって決めて書いたんだろ~って思うとすげ~ってなるので、おすすめです!攻めと受けが対照になってるコマとかあって、何回も読み返してしまうので、おすすめです!